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セクシャルマイノリティーとしてのさとりをひらく。

岸井ゆきの×高橋一生 よるドラ『恋せぬふたり』制作開始!

「アロマンティック・アセクシュアル」と言う言葉がはっきり使われる、こんなドラマが作られるようになったんですねー。楽しめる作品だといいなと思います。

セクシャリティがかなり細分化され、もやは個人レベルなんじゃないかなと思うくらいなので、今更カテゴライズするのもナンセンスな感じがしますが、括ることで、安定するのは確かだと思います。わたしも、その一人だったので。

現にわたしは、アセクシャルという言葉を知った時に、あまりに嬉しくて、すぐさま友達に報告した人間です。

一番最初にこの言葉を知ったのは、2013年の探検バクモンでした。テレビを見た後、速攻で検索かけたのを覚えています。こんなカテゴライズがあるなんて目からうろこでした。調べてみて、少数派だろうが、存在していて、こんなにも自分の実情にあてはまるものがあるという事実に驚きました。名前付いてたんだ!っていう。

まさか、自分がセクシャルマイノリティのカテゴライズの中に入っているとはこれっぽっちも思わず、反対に、LGBTの人は差別や偏見は辛いだろうけど、恋愛できるだけ「人の意味から外れてない」と、羨ましくも思っていました。

それまで自分は「人」の括りから、外れた存在なんだと思っていたんですよ。本能がないんだか欠損してんだかわからないこの状態っていうのは「人」ではないんだろうと。世間一般では恋愛しなきゃ生まれた意味も生きてる意味もないと言い切られていますから、存在否定を凄まじく感じてました。

まあ、「いつか」を結構待っていたこともあったんですが、さすがに思春期も過ぎると異性愛も同性愛もない自分は、おかしいなと思ってきます。でも、おかしいからと言って、何か変えられるわけでもなく、トラウマとか機能障害とか脳の欠陥とかも疑ってました。

それでも、20代までは、結婚するためにどうにかしなくちゃなーと思ってはいました。恋愛しなくても、結婚くらいはどうにかいけるんじゃないかと。でも、全く頑張れない自分がいましたね。そして、30代に突入したところで、結婚する「いつか」は無いのだと、その意識をすっぱり切りました。ま、30年もかかったんですが。齢もくってきたし、しょーがないなー、生きている意味はない人間だけど現実生きてるしなー。っていう感じです。

それが、人口の1%もいるって聞いて、嬉しかったのなんの!性の個性ってことで、落ち着ける場所があって、生きてていいよと言われた気分でした。今まで受け入れてもらえていないのに、ごり押しで居座ってて落ち着かなかったところに、お墨付きの永住許可がもらえたような感じでした。

わたしってば、存在を全否定されてるわけでも、おかしいってわけでもなかったんだーって伝えたくなりました!そして、誰もがぶち当たる単独での老後生活に、漠然とですが視点を当てて人生設計をしているわたしって完璧!と思いましたよ(笑)。

独りの不安は残るけど、結婚してたって、離婚や死別もあるだろうし、子どもがいない夫婦もいらっしゃいます。突然の対応を強いられるわけでなく、心構えと生活の備えができる分、このセクシャリティは強みだと思う部分もあります。

「アロマンティック・アセクシュアル」を扱ったドラマの主人公たちは、どんな立ち位置で、どんな選択をしていくのか、お話の内容が気になるところです。現実的で、うらやましく思えるような選択肢が広がっていくすごく嬉しいなぁと思います。

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